惑う姫君、探す騎士 5


 ……臭い。そうランスは心中で漏らした。
 そして同時に、近くの空間に立つ2つの影に目を向け、溜息をつく。
 片方はついさっきまで彼が背中を預けていた瑠璃。もう片方は、ついさっきまで戦っていた猿から救助した女の子。
 瑠璃が探していた存在、真珠姫である。白いドレスに、小さな風で舞い上がりそうな柔らかさと軽さを持つ、まるで一枚だけ羽のような、か弱い印象を抱かせる少女に、瑠璃は叱るように言う。
「1人でうろつくなと、あれほど言ったじゃないか。どうしてこんな所に?」
「考え事をしていたの……いろいろ……」
 真珠姫は瑠璃に責められているのを悪く思っているらしく、おどおどと、消え入りそうに答える。そこに瑠璃は続ける。
「今は考えなくていい。今はおとなしく、オレに守られていればいい……」
「でも……」
「いい加減にしろ!」
 瑠璃は声を上げ、真珠姫はびくりと体をこわばらせる。そして小さく頭を下げながら「ごめんなさい」と何度も瑠璃に謝り続けた。
 なんだか気に食わない。
 そう思ったが早いか、ランスは不快感を込めつつ、瑠璃に向かって口を開いていた。
「瑠璃、それは流石に自分勝手すぎないか? 第一その真珠姫だって――」
「お前も黙っていてくれ」
 鬱陶しいとばかりに、瑠璃はランスの意見を半ば無視し、真珠姫への叱責を再開しようとしたところ、今度は真珠姫が口を開いた。目は完全にランスの方を向いている。
「このひとは……?」
「お前を探すのを、手伝ってくれた。変わった奴さ」
「……なんか心外だな」
 変わった奴はお前の方だろ。そう言いたい衝動にランスは駆られたが、口はとりあえずつぐんでおいた。
 それよりも、彼は個人的に優先したいことがある。口に出すのはそちらが先だった。
 ランスは彼らの気を引くために、ぱんぱんと手を叩き、真珠姫に続こうとする苦言をひんづかまえて言う。
「はいはい、叱るのは後にしてくれよ。まずはこの洞窟から出ようぜ。でないと臭いがついちまうからさ」
「臭い、だと?」
 瑠璃がランスに尋ねると、ランスは親指を立てて、その臭いの元を指し示す。
 ランスの示す、ぶすぶすと煙を立てる猿の死体を一瞥し、瑠璃は少々不快そうに眉をひそめ、頷いた。


 洞窟を出た頃には、昼だった景色もすっかり日暮れの景色にかわり、もう少しで、夜が根を下ろすくらいだった。
 ランスが当初持っていた役割、買い物はすっかり吹き飛んでしまったようで、洞窟を出てふとそれを思い出した彼は、苦さを小さくかみしめている。
「あの、あ、ありがとう……」
 瑠璃の横で、真珠姫は火が出そうなほどに顔を赤らめてランスに頭を下げる。
 そんな彼女にランスは朗らかな笑顔で応えるが、瑠璃は釈然としない表情でランスを睨んでいた。
「一つ聞きたい」
 瑠璃は冷たさの籠もる口調でランスに訊く。
「お前の技、アレはいったい何だ? 俺の技と同質なものを感じたんだが」
「だろう、な。……だって、あれお前の技だし」
 ランスは口笛でも吹きそうなほど軽い様子で答える。すると瑠璃はまた眉をひそめた。
「どういうことだ」
「……青魔法、って知ってるか?」
 ランスは少しだけ憂いを含んだ目をして聞くが、瑠璃は知らないようで、首を振る。
「俺、一度見た技を覚えて、そして自分の技として使えるのさ。こんなふうに、ね」
 ランスはそう言うとおもむろに剣を抜き、軽く夕空へ掲げる。するとすぐに、その剣に淡く青い光がまとわりつき、切っ先を一回りだけ大きくする。だが、ランスが軽く剣を素振りすると、青い光が簡単に削ぎ落ちた。
「…………」
「……まぁ、そんなわけだ」
 黙り込む瑠璃にランスは結論を出し、剣をしまう。そんなランスに、真珠姫がおずおずと声をかける。
「ランスおにいさま。あの、……これ、お礼です」
「ん?」
 ランスが真珠姫の方へ振り返ると、真珠姫の手には小さな蛍袋のランプと、石の目玉が乗っていた。
 多分、手を出せということなんだろう。ランスがそっと手を出すと、真珠姫は彼女の手に乗った物品をランスの手へと移す。
「いや、悪いな」
 ランスはとてもコメントに困った顔で手に乗った物品に思考を巡らせる。
 どうやら真珠姫は変わった趣向の持ち主らしい。
 そう結論づけたランスに、瑠璃は小さく息をつき、ランスに背を向けた。
「じゃあな」
「おう、元気でな」
 ランスも瑠璃に返し、小さく手を振ると、瑠璃に背を向けた。
 
 夜はもう半分くらい横になっていて、赤い空はもうすぐに黒に変わるだろう。
 淡く光り始めた星の下、彼は帰るべき家へと足を進めていった。


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あとがきに近いぼやき


ようやく区切りがつきました。
もうドゥ・インクは完全に空気にして、とりあえずランスの青魔法についてちょろっといってみました。

むしろ、俺設定のキャラであるランスが扱いにくいんですけど何ででしょうね。
……多分、これからもっと扱いにくくなるんでしょうが、それは仕様だと自分に暗示をかけてみます。

とりあえず、ランスは完全にレーザーブレードを習得してますね。
最後に振ったのは書いてる自分への再確認用でしたが、確認できて良かった気がします。


それでは、次へと続きますよ。
むしろ、続かせましょう!